学振(日本学術振興会特別研究員DC)について

はじめに

博士課程進学を考えるようになると、耳にするようになるのが学振。ここでは日本学術振興会特別研究員DC(以下、学振DC)のことを書く。「学振」という語は日本学術振興会の略称であるが、学振DC, PDの両方を指すことがある(SPD, RPD, CPDなどについては、ここでは割愛)以下のハイパーリンクは、記事により広告が入るため注意です。

所属研究室が、進学する全院生が学振DCに採択されるよう、共著で業績を作ってくれるところであれば心配はない(これはこれで、新たな問題を生みかねない。DC1にも該当するけれど、自力で研究する能力が十分に育たない恐れがある。しかし、最初の専任職くらいまでは、スムーズにキャリアを歩むことができてしまう)。学振に絶対に採択されるような研究指導が、M1の頃から計画的に敷かれているとは限らない(し、敷かれていないケースは多いと思う)。学振採択のみを目的としない方が、研究者としての幅や柔軟な思考力、その他の必須技能を地道に育んでいくことができ、テーマ選択の余地や視野も広がる。研究をするのであれば、焦りすぎない方がよいというのは一理ある(し、まったくもって正しい。個人的には、学振DC, PDを3年ずつやって博論を書き上げて専任職に就いていた世代は、研究を深めているように感じています。しかし2017年度採用を最後に、人文系でも学振PDの申請には博士号取得が必須となってしまった。オーバードクターになると生活に追われ、専任職に就けば仕事に追われて研究ができない。専任職に就いて思うのは、最も研究ができたのは、研究のみに時間を費やすことができる院生、ポスドクの時期なんだよね。人文系の研究は、一般的に、時間を掛けて文献を読み、資料を集め、手を動かして、調査し、足で稼ぐことをしないと進まない。何よりの資産かつ財産は、研究に没頭できる時間です)。しかし、そうも言ってられない(し、お金がなければ暮らせないのは事実である)。このコーナーは、そのような院生さん向けに書きました。ただし、あくまで一般論です本ページの情報や、ウェブサイトの記述について、「なるほど」と実感を伴って納得できるようになれば、しめたものです。

まずは学振を知ろう

まずは敵を知ろう。学振とは何か。有名な資料はこちら(大学院進学のページでも挙げました)。過去の資料も読むことができる。

学振特別研究員になるために~2024年度申請版

近頃は、各大学学内における支援も活発化しており、採択された申請書を学内で読むことができたりする(2016年4月当時、在籍していた京都大学では学内限定の閲覧サービスがあった。2023年9月8日現在、当時の学振支援ページのURLは形跡もなく、ここでリンクを貼ることはできない。もし読む機会があれば、なぜこの申請書が採択されたのか考察するとよい)。学内で説明会があれば、参加してみてもよい。重要なのは、書いた申請書に的確な助言をくれる人間関係を構築しておくこと(指導教員はもちろん、学内外や研究室の先輩後輩、他大学の研究者など、気軽に相談できる相手が多くいるとよい。的確な助言をくれる人を頼りましょう)。博士課程修了後も、院生時代にできた人間関係は支えとなってくれる。

採択されやすいテーマというのは、実際に存在するようだ。そのあたりの情報も、教えてくれる人が近くにいると頼もしい。「よい申請書」が何であるのか、募集要項などを読んで理解しよう。何より、どう書けば通る書類となるのか、的確な助言をくれる人が身近にいるとよい採用者はその筆頭候補)。自分自身の経験を振り返ると、書き方を実践的に学んだのは、Dに上がってからの指導教員と研究室メンバーによる添削、匿名の査読者とのやりとりを通して。学振採択のための心構えを学ぶ以上に、通る申請書を書くには添削を受けることが重要(添削と推敲については、以下に紹介する参考ウェブサイトでも述べられています)。とりあえず(雑でよいので)書いて、早く助言を受けましょう。もちろん、添削を受ける前に、アカデミックライティングの基本を熟知しておくことは大前提です(これについては、いずれ。本ゼミでは、3年次に推敲の過程を体験することとなっています)。

DC1を目指す:ASAP

修士課程のM1で、学振に関心がある場合は、可能な限り早く準備に着手すること。学振DC1の申請を行うのは、M2になってすぐ。M2になる直前の春休み時点では、申請書に書くことができる業績が出揃っている必要がある。4月は、年度はじめのあれこれで環境も変わり、事務的にも忙しい。ようやく新年度のリズムに慣れてくる頃にはGWです。GW明けには、提出です(なお、提出までのスケジュールは、年度、所属大学によって異なるので注意)。DC1採用を狙うのであれば、DC1に採用された同じ大学の院生から、経験談と執筆スケジュールを聞いておくとよい。特にDC1は、採択時の業績が少ないけれど「面接免除」採用となった人のアドバイスをよく聞くこと。研究室の環境次第で、学振採択に有利になるケースがある業績が多い状態で採用された人は、申請書の研究計画が低評価であってもりやすい(ただし、近年、面接を含む採用プロセスも変わってきているようなので注意。我々が採択された2014年度申請の頃は、面接免除、面接を経て採用の2つがありました)。特にDC1は、申請の時点で業績が少ないケースも少なくないため、よい申請書(優れた研究計画)を書くことが、採択のための近道。

DC2は長い目で

DC2を申請する頃には徐々に業績が増えてくるのと、DC2の採用期間は(いつ採用されても)2年間であるため、戦略が変わるかもしれない(DC2は、D1, D2の2回、申請のチャンスがある)。一般的に、D2で採用された方が、奨学金返還免除もとりやすくなるため(注:大学による)、研究室をはじめ、学内よく相談して戦略を練るとよい。


よい申請書を書くには

ここで「よい申請書」を構成するものは何か、の言語化を試みる。

まずは、内容が地に足がついていて、現実味がある(専門領域が近い審査員が読んでも、納得できる)こと。「地に足がついている」というのは、思考回路がお花畑ではないということです。妄言に説得力はない。先行研究を踏まえ、申請書で提示する研究計画が関わる学問的背景を前置きして(述べて)から、自分自身の研究を位置づけていく。まずは大きく分野全体の見取り図を描いて、その中で、自分自身の研究がどこに位置づけられるかを示すのがいいと思う。堅実な議論を展開していくことは重要です。

次に、実行可能性があること。全く実績がない人物に、約1000万円(DC1の場合で、毎月の奨励金に加えて、特別研究員奨励費も特別枠に近い額で支給されると仮定して、3年間での合計額)も、国民の血税から投資できる?そういうことです。この申請書を書いた人物に対して(これだけの)研究費を支給する必然性はあるか、という観点で審査が行われます。「これまで......という研究を行ってきた私だからこそ(その延長線上にある)本申請書に示す研究計画を、今後2-3年間で実行することができます」という流れで書きましょう。「これまでの研究」を書く理由は、研究計画を実行できるだけの実績をもっていることを(「研究業績」という客観的な証拠を見せつつ)示すためです。

参考ウェブサイト

以下、心構えと執筆時のヒントとなる参考資料。直後にコメントを追記しています。繰り返しますが、各記述について「なるほど」と実感を伴って納得できるようになれば、しめたものです(この境地に至るまで、学振について熟知することは必要)

(ふたたび)学振にチャレンジするときに 読んでほしいアドバイス|下地理則(九州大学人文科学研究院准教授)
「研究の骨子のテンプレート」なるものについては、研究室ごとのカラーが存在するようです。いずれにせよ、何らかの形で「募集要項」が指定する項目については申請書内で述べることになる。申請書の展開は思った以上に自由にしてよい(採択された申請書に振れるほど、実感するはず)。自分の研究の魅力が伝わるプロットを模索しましょう。と言いつつも、テンプレは便利(慣れるまではテンプレに学ぶのが有効、と締めます)。

学振SPDに通った話|rhetorico
ここでの「二枚舌を使え」は、採用される申請書を書く上での重要なアドバイス(科研費も同じだそうで。申請書は、同じ専門分野の審査員と、隣接分野、少し離れた分野の審査員が読むことになります)。これを実現するためには、採択者はもちろん、色んな人に読んでもらうとよい。誰が読んでも、優れた内容と感じられる申請書を目指しましょう。

@rhetoricoさんによる【学振書類】の書き方
「先生方もこの研究やりたいでしょ!でも、ここまでわたしが(貧乏しながら)積み上げてきたものがあるから、わたしがやるの!いいでしょっ!たのしいなーキラキラ (どやっ)」がポイント。

学振取るまで(NAIST 版)
小町守先生(現在は一橋大学へ移籍)による資料。執筆されたのは2010年頃、奈良先端科学技術大学院大学在籍時だったはず。現在はまた状況が変わってきているので、参考として。

日本学術振興会特別研究員(DC1)申請書・学振(吉田光男先生@筑波大学ビジネスサイエンス系)
「ほかの申請書の探し方」を参考に検索するのは有効。


文章の推敲についてはこちらを。

松尾ぐみの論文の書き方
松尾ぐみの論文の書き方:英語論文
出典は松尾ぐみ(since 2000)|松尾豊から。推敲の過程を大切にすることが、採択への近道です。実際に添削を受けてみないと、わからないことも多い。だからこそ、学振の採択者に添削を受ける機会があれば、活かすべき。添削を受けるメリットは、採択される申請書へと仕上げていく上で必要な情報が得られるから。自力で書いてみても、最初の段階では、採択される書類に仕上げるには、現状、何が不足しているかがわからない雑な言い方になってしまいますが、自分の研究をどのようにアピールするのが有効かは、助言を受けた方が早いですよ、という経験則によります。補助輪や浮き輪と似たようなもので、経験者や熟知している人々の助言を受けると、どのように書くとよいのか、徐々にわかってきます。自分自身の研究計画書で、これを実現するためには、悩むより助言を受けに奔走する方が早いです(きっと)。


再掲しますが、地に足がついた文章を書くこと。読み手に「あれっ?」「えっと違和感を抱かせてはいけません。まずい文章の一例として「私は大学院の入学試験(院試)に合格した。だから私は天才である」は、論理的に破綻しています。確かに、院試合格は優秀さを示す1つの基準になるかもしれないけれども、生まれつきの「天才」であるかと関係あるかはわからないし(そもそも、院試は過去問で対策できるし、後天的な努力でカバーできるよね。先天的な素質としての「天才」を測定する試験じゃないよね?)、そもそもここで「天才」というのが何を指しているのかもわからないし(述べられていないのに加えて、後天的な努力ができることを「天才」と呼ぶ人もいるだろうし)、大学院に行かなくとも「天才」と呼ばれる人は他にも存在するし、と、ツッコミの余地が多くあります。「だから」の前後が、どのような繋がり(関わり)があるのかを、より具体的に述べると、この文を書いた人の言いたいことがもう少しだけ伝わるようになるかもしれません。申請書でも論文でも、この「もう少しだけ」を高める作業を、細部まで徹底的に行い尽くす必要があります(「行う」ではなく「行い尽くす」)。一カ所でも違和感があれば、まだ推敲の余地があります(第三者である審査員は、なおさら、そう感じます)。内容・文章ともに、隙のない申請書とすることが重要です。


KAKEN(データベース)

学振、科研費に採択された研究課題、概要、報告書はここで検索することができます(報告書が読めるようになるのは、採択された数年後)。研究課題名、採択者名で検索しましょう。

おわりに、というか

学振を含めて、在籍生・修了生がどのような学生生活とキャリアを歩んでいるかも、進学前に調べておくことができると(実は)よい。大学院、研究室ごとにキャリアのモデルコースがある(先輩が成功すると、前例として後輩にも伝達され、引き継がれていく)。学振に出さないという文化も存在する(「学振などなくても、金銭的サポートが得られる」という大学院などが該当する)。D進学と同時に学振DCをとって、その間に留学準備をして海外へ、というルートもある(東大の総合文化の一部など)。言語学・英語学系であれば、留学はしておいた方がよいと思う。専任になると(サバティカルに行きやすい大学に就職したレアケースを除いて)行く時間はないので。一部の界隈では「学振にあらずんば、人にあらず」という空気が漂っているそうですが、決してそんなことはありません。学振に囚われない方が、よい研究ができるというのも、またひとつの本質を表していると思っています。


※本ページの内容は、研究室で学んだことをはじめ、学振の基本を何度もお教え頂いた木本幸憲氏、菅谷友亮氏、小松原哲太氏、加えて学振申請書を見せて下さったり草稿にコメント下さったりした多くの方々、採択後、学振について議論を重ねた皆様や同期採用の方々、その他多くの機会に見聞きした多くの資料、ウェブサイト等、から得た数多の助言に支えられています(顕名のウェブサイト系は、こちらで取り上げるようにしています)。本ページの執筆に際しては、中嶌浩貴氏より有益な助言を得ました。今後も随時更新します2023年9月8日作成、9月28更新)。


現在、加筆修正中です。今後、細部の文言が変わっていく可能性があります。